GRIM PEAPER 第1話
今から、数十年前、当時日本円にして、一体五百万円という、家庭用ゲームとしては破格の高価格で売り出しながら、ものの数年で、世界中に普及した、超大作ゲーム――『IF』。
専用ヘッドギアを用いた、リアルな体感が売りのこのバーチャルゲームは、しかし、2つの社会問題を引き起こし、販売が禁止され、回収されるに至った。
2つの社会問題――ゲームと現実の区別がつかなくなる中毒者、及び、ゲームの中から抜け出すことを拒む『ドリーマー』と呼ばれる人々の大量発生である。
しかし、その回収は難航した。プレイヤーたちは、なおもゲームを続けることに執着し、回収に応じなかったのである。
そこで、製作チームは、回収を進めるために、『GRIM REAPER』を造り出した。
GRIM REAPER――プレイヤーを、GAME OVERに導き、強制回収する最強戦士――IF世界の『死神』を。
こうして、回収が進められた影響か、数十年が経過した今、『IF』というタイトルは、人々の記憶から消え去り、一部の人々の間で『GRIM REAPER』の名だけが、伝説のように語られるだけになった。
香が焚き染められ、独特の雰囲気に包まれた、占い部屋。
若い占い師は、ひとり、自身の占いの媒体であるタロットカードを、紫色のテーブルクロスの掛けられた台の上で、ゆっくりと掻き混ぜていた。
ぞっとするような、白い肌。淡く色付いたベールの下からのぞく顔は、作り物のように整っていた。一見した限りでは、女性とも、男性ともとれる、中性的な美貌。
カードを混ぜる占い師の手は美しく、目が引き寄せられる。
その場、そして、その容姿から醸し出される雰囲気もあって、占いを信じていない人間でも、思わず信じてしまいそうだ。
ぴくっ。
不意に、若い占い師の手が止まった。
次の瞬間――
バンッ!
乱暴に、部屋の戸が開け放たれ、一人の少女が、ずかずかとその場に踏み込んできた。
黒ぶちの眼鏡をかけた、ショートカットの少女――年は、15・16といったところだろうか。眼鏡越しにもわかる、意志の強そうな光を宿した瞳が印象的だ。
「夕!見てほしいものがあるの!!」
そう言い放って、少女は、タロットの並ぶ台に、どかっと乱暴に、人の頭ほどある箱を置いた。
「・・・また、占い道具に手荒なことして。」
占い師――夕は、ダンボールの下敷きと化した、自分のカードを取り出しながら、非難する。
「ごめんごめん。」
明らかに、口先だけの謝罪をする少女に、夕は、諦めのため息をつき、ベールを外した。すると今まで、周囲に纏っていた雰囲気が一転する。――神秘的な雰囲気や、性別不明な感は消え去り、幼さの残る少年の雰囲気に。
「まあ、君がガサツなのは、今に始まったことじゃないけどね。・・・で?僕に見てほしいものって?」
そう言う夕は、美少年には違いないものの、先ほどまでとは、まるで別人だった。
しかし、少女はその変貌に何の驚きも示さず、ダンボールを開け、その中身を夕に見せた。
「これよ。」
夕は、それを見て、首を傾げる。
「・・・・・・電話??」
「ヘッドギアよ!!」
そう言って、少女は、そのヘッドギアを被って見せた。
特に何ということもない、メタリックなヘッドギアだ。耳のあたりに、何やら紋章のようなものが刻まれている。
「・・・まあ、似合うんじゃない?」
まじまじと、それを見つめ、夕がそう言うと、少女は、きっと眉を吊り上げた。
「誰が、似合うかなんて聞いてるのよ!」
「じゃあ、何?」
「あのね、このヘッドギアは、バーチャルゲームに使う物なの。」
「ばあちゃんゲーム??」
「バーチャルゲームよ!・・・まったく、夕って、ホントこういうこと疎いよね。ワザとじゃなくて、素でボケるんだもん。」
少女の言葉に、馬鹿にするような響きを感じ、夕は、むっとしながら言う。
「・・・別に占いには必要ないし。」
「言うと思ったわ。そう言って、夕は、電話やパソコン、テレビすら、私が教えるまでろくに知らなかったものね。仮にも現代都市で生活している人間に、そんな人がいるなんて信じられないわ。」
夕は、むっと顔を歪めた。――しかし、事実なので、反論できない。
少女の名前は、牧原古都。夕の幼馴染みだ。
幼馴染みというのは、知られたくない過去まで知られているので、厄介である。
「・・・悪かったね。」
「別に。夕の頭が古代人並なのは、今に始まったことじゃないし?」
ガサツと言われたことを根に持って反撃してきたらしい。
むっとしながらも、開き直って夕は言った。
「で?その頭古代人に、ゲームなんか持って来て何のつもり?」
「・・・頭古代人でも、夕は、占いマニアだから。」
「マニアじゃなくてプロ!!僕は、占いで生計たててるんだからね!」
夕は、未成年ではあるものの、占いの業界では、名の知れた売れ筋占い師である。高校にも、進学せず、占いだけで生計をたてている、専業占い師だ。
料金は高めだが、占いが外れた場合は、返金すると豪語する。そして、実際、夕の占いは、百パーセントに近い的中率を誇っていた。
しかし、幼馴染みの古都には、今一認識されていない。
「そっか。お金とってるもんね。」
実にあっさりしたものである。
夕は、文明の機器に疎いが、古都は古都で、本来年頃の少女が関心を持つ『占い』というものに、無関心なのだ。
自分の力量が認められない憤りは、消えないが、今にはじまったことではない。夕は、平静を取り戻して尋ねた。
「・・・ま、つまり、僕の占いの知識が必要なわけだね?そのゲームに、占いが関わってるんだ?」
「そう。これ、占いのゲームらしいの。」
「占いのゲーム?」
ゲームには、関心がないが、占い師として、興味を引かれる話ではある。
「私も、ゲームは、あまりやらないからよく分からないんだけど、占いをヒントに進めていくゲームなんだって。このゲームには、クリア条件とか、やることとか、決まっていることがほとんどなくて、占いの結果によって、降りかかる幸運や不幸をリアルに体感するゲームだって聞いたの。」
古都の説明に、夕は、眉を寄せる。
「わざわざ、ゲームで不幸を体験するわけ?それって、楽しいの?」
「基本的には、普通の人生では体験できないような幸運ばかりらしいよ。それに、仮に占いで不幸の暗示があっても、うまく行動すれば、不幸を回避できるんだって。」
「・・・対応策の占いもあるってことだね。」
「そうみたい。ゲームの中には、たくさんの占い師がいて、占い師によって的中率も違うから、占いの結果を鵜呑みにするだけじゃ駄目っていう、シビアな面もあるらしいよ。」
「で?」
「・・・ゲームの中の占い師の中には、ゲームの中だけじゃなくて、現実の占いもできる人もいるんだって。」
「ふーん。前見せてもらった、ネット占いみたいなものか。」
「夕、そういう占いは、あまりあてにならないって・・・言ってたよね?」
「ああ。だって、ああいうのは、対象をきちんと占っているわけじゃない。星座とかいった集まりだったり、ランダムにあらかじめ決められていたものだし。大体、古都は、占いを信じてないじゃないか。そういうのを信じるくらいなら、僕の占いの凄さを理解すべきだね。」
夕の冷やかな言葉に、古都は、口の端を持ち上げて言う。
「でも、その占いが、百発百中だって言ったら・・・?」
「古都が占ったの?」
「私じゃないよ。友達。・・・今まで、その占い師に、何回か占って貰ったら、全部当たったって。」
「抽象的な占いだったんじゃないの?不幸があるとか、水難にあうとか、金運がいいとか。」
「だったら、ここには、こないわよ。」
「具体的で、百発百中――そういうことだね?」
「そう!それで、夕にお願いがあるの!」
「何?」
「その友達を占って欲しいの!」
「・・・料金は、どうするのさ?」
夕の占いは、学生が利用するには料金が高すぎるのだ。
「勿論、タダで!可愛い幼馴染みの頼みでしょ!」
「・・・図々しいとは思うけど、可愛らしいとは思えないよ。」
ため息をつきながら言う夕に、古都は、肩を竦める。
「わかったわ。じゃあ、私が払うわよ。」
「古都が?」
意外に思って問い掛ける夕に、古都は、頷いて言う。
「そう。体で。」
夕は、凍りつく。
(何てことを言い出すんだ、この女は・・・)
激しい頭痛に、眉を寄せながら、夕は言った。
「・・・・・・いいよ。タダで。――タダの方が、マシ。」
「失礼ね!」
眉を吊り上げる古都に、夕はため息とともに言う。
「失礼で結構。占ってあげるから、明日の3時に、その友達とやらを連れて来るんだね。」
